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竹布の袈裟

 『府南寺 国府阿弥陀如来の伝説』

 鎌倉中期 後宇多天皇の時代 奈良の西大寺に覚乗(かくじょう)という、それはそれは偉いお坊様がいた。大変頭がよく、一を聞けば十を知ることは言うにおよばず、一度読んだ書物はすべて暗記しているという人であった。また、誰からも好かれ、身についた品性、善道、正義に従った人格は人々の模範であった。

 ある時、この覚乗上人は考え込んでいた。「大神宮様(伊勢皇大神宮の天照大神)の本当の姿にお目にかかりたい。」と。上人は、百日間の願掛けに入った。参籠(さんろう)祈願して九十九夜の丑(うし)(午前三時頃)の刻、上人の夢枕に「汝(なんじ)わが本当の姿を知りたければ、夜明けに二見ヶ浦に来てみよ。」とのお告げがあった。

 覚乗上人は、未明にもかかわらず、喜び勇んで二見ヶ浦へ急いだ。二見ヶ浦に着いて、しばらく海面を眺めていると、海面がにわかに照り輝き、一丈(約三メートル)程の金色の龍が現れた。上人は驚き、あまりの輝きに目がくらみ、本当のお姿を見つめるどころか、立っていることさえ困難であった。上人は、とっさに身に着けている竹布(ちくふ)(絹製)の袈裟(けさ)を脱いで龍に投げ掛けた。すると、不思議なことに龍は満足気に水中に没し、あたりは何事もなかったかのように静まりかえった。そこには浜辺に打ち寄せるさざ波の音だけがあった。

 その後、覚乗上人は、再び、大神宮の真の姿をはっきりと拝みたいと思い、祈願に入った。祈願が満願の夜半、天から声が聞こえた。「覚乗上人よ、私の真の姿を見たいのなら、ここより北にある国府の里の泰平山無量寿寺(たいへいざん むりょうじゅじ)(現在の府南寺)に向かうがよい。そこに安置されている国府阿弥陀三尊(阿弥陀如来・観世音菩薩・勢至菩薩)こそが、私の本当の姿である。その阿弥陀三尊を拝めば、私の本当の姿がわかるであろう。」と、はっきりした声でお告げがあった。

 覚乗上人は、ことのほか大喜びし、無量寿寺を訪れた。上人は、無量寿寺の良範(りょうはん)法印に、今までのことを話した。すると、良範法印も「実は、私も前夜、本尊からお告げがあった。」と打ち明けるのであった。そのお告げの内容は、「夜が明ければ一人の僧が来て、阿弥陀三尊を拝ませてほしいと言ってくるが、決して断ってはならない。」ということであった。

 泰平山無量寿寺の本尊は、古来から秘仏とされ閉ざされている。しかし、良範法印は、「これは、開帳(かいちょう)の時が来たお告げであろう。」と考えた。そこで、神妙に扉を開けると、しばらくの間、本尊は神々しく光り輝いていた。覚乗上人と良範法印は、集まってきた村人たちとともに阿弥陀三尊を拝んだ。覚乗上人は、頭を上げ、本尊を眺めた瞬間、「あっ!」と声を上げた。目の前に、二見ヶ浦で上人自身が龍に投げ掛けた「竹布の袈裟」が、なんと阿弥陀如来像の肩にかかっているではないか。これが、府南寺の阿弥陀如来が伊勢皇大神宮(伊勢神宮内宮天照大神)の本地仏と言われる由縁である。
★この「竹布の袈裟」は、今も府南寺に保存されている。

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