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「無垢(むく)」 手を合わせる事の大切さ 

 近所にある栴檀保育園の3、4歳の園児たちがやってきました。先生が「観音様がみんなのことを見守ってくれてるのよ」と言われ、園児たちと一緒に手を合わされていました。この光景を見て皆さんはどのように感じられますでしょうか?

 ここで私が注目したいのは、その先生は「お願いごとをしてね」とは言われませんでした。府南寺は、国府の歴史を紡ぐ氏仏の祈願寺ですので、お願いごとをするのはごく自然な当たり前の行為です。しかしながら、その先生は「見守られている」ことの大切さ、「心の拠り所」の存在を園児に説かれたのです。

 手を合わせることは、体内でのエネルギー循環を活性化し、精神的な心の安心感を及ぼすとされ、様々な研究機関で証明されています。このような心を浄化する体験を与えていただく保育園の先生方には、本尊の観音様に成り代わり心より深く感謝申し上げます。

 「三つ子の魂百まで」と申します。今の日本の世の中に、幼い頃から天寿を全うするまで、生かされている(見守られている)ことに感謝して手を合わせることが習慣化されていたなら、他者を思いやる利他の心が育まれることはあっても、他者をいじめるような自我欲の強い人間が多く存在し、生きにくいと感じる「自殺大国」と呼ばれるような国にはなっていないのではないでしょうか。

 「無垢(むく)」とは、仏語で、煩悩のけがれを離れて、清浄であることを意味し、けがれがなく純真なこと(垢(あか)が無い)、また、そのさまを表します。今の日本人の多くは、毎日お風呂に入って汚れた体を綺麗にしても、手を合わせる事によって汚れた心を綺麗にすることは忘れてしまっております。

 日本中の未来ある子供たちに、本来人間にとって必要不可欠な心が育まれる「正しい宗教感覚」が蘇ってくることを切に願います。合掌

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